お米によって育まれた日本の文化の良いところを、守り育てていこうとするなら、私どもが一番最初に、そして何よりも力をこめて、行わなければならないのは、お米の“おいしさ”や“安全性”や“健康によいこと”や“自然環境へのやさしさ”とかを説くことではなく、まず“おうちでごはん”を家族と食べることは、楽しいことだよ、というメッセージを、若い年代の方たちに送り届けることである 、私はそう痛感しました。 <内容>
マーケット調査会社 アサツーディ・ケイが、首都圏に在住する 1960 年以降に生まれた、子どもを持つ主婦を対象として実施した、家族の食卓の実態調査を元に、“おうちのごはん”の現在を定性的に分析したレポートです。 −食を軽視する時代−
“どうやら食費は削っても構わないものになってきていることが見逃せない。家庭の食生活について尋ね始めると、「食べることに関心ないですから」「食べることに興味ないですから」とためらいもなく言う主婦が珍しくなくなったのも、近年の特徴だ。” −作るかどうかは私の気分−
“「気が向いたので、朝からマカロニサラダなんか作った」「気持ちに余裕があったので煮物を作った」・・・など、「気分」「気持ち」という言葉が頻出する。”
“「手作り志向」というよりも、「〜を手作りする私」指向と捉えたほうが正しいと見ている。なぜなら彼女たちは、手作りされた食べ物よりも、それを手作りする自分自身のイメージや気分にこだわっているからだ。その証拠に、「パンまで手作りする」と見えた主婦が、冷凍食品を多用し、いろいろな「素」がないと料理の味付けがうまくできない人だったり、「自分でバジルを栽培し、バジルオイルまで手作りする」ような主婦が、パスタソースは 100 円のレトルトと決めていたりするのは、全く珍しくないのである。” −個々バラバラな簡便食が並ぶ食卓−
“「前の晩に一人一人の希望のおにぎりやサンドイッチを聞いて明日の休みの朝食にコンビニで購入した」「デパ地下で、夫が生春巻き。私がナスのガーリック風、子どもがコロッケと鶏のから揚げ、それぞれ好みで夕食にした」”・・・こうすると、それぞれ好みのものを食べられて、主婦はせっかくの休日に作らなくて済むし、洗い物も少ない。家族の誰もが我慢せず、譲り合わなくてよい、・・・“ −本物より「〜感」「〜っぽさ」−
“「厚揚げにめんつゆをかければ『揚げだし豆腐風』」「卵にめんつゆを入れて焼けば『ダシ巻き風』」「冷凍パイシートにケチャップとマヨネーズを塗り、具をのせてトースターで焼けば『パイ風ピザ』」など、「〜風」簡単料理は現代主婦に大人気である。・・・そう見立てることで、「気分」がアップする。・・・こだわりがあるのは、「本物の味」ではなく「あの本格料理を家に取り込んだ気分」のほうである。” −自分に都合のいい情報だけを集める「自己愛型情報収集」−
“「狂牛病は私が注意してもどうにもならないことなので気にしないようにしている」・・・「焼肉屋が営業している以上、みんなが食べていて事故がおきたらこの店は大変なことになるだろう。だからそんなことは起きないだろうと思って食べている」・・・茹でる調理を電子レンジで代用するときは「電子レンジ調理は茹でるより栄養が逃げなくていいと本で読んだことがあるから」、米を研ぎたくないときには「地球環境の汚染が問題になっているからなるべくしない」” −気休め・アリバイ健康志向−
“「栄養・健康」の名のもとに食卓によく出現するものは、ゴマ、シラス、バナナ、納豆、ヨーグルト、魚肉ソーセージ、ブルーベリージャム、冷奴、冷凍枝豆などで、どれも主婦の手を一切わずらわせずに「出すだけ」の食品ばかりである。それさえ出せばバランスの良くない食事でもすべてが相殺されるとでも言わんばかりに・・・それら「健康に良い」と言われるものが出されているときには、一層粗末な食事内容になっていることが多い。” この本は、それまで定量的・数値的にしか把握されず、「変化の実態と意味」がわからなかった、日本の家族の食卓の今を、あからさまにしたため、出版当時( 2003 年)食品業界を中心に大変な評判を呼びました。
また、「家族」の機能の低下の証言として、社会学者等アカデミズムからも、高い評価をうけました。 しかし私が何よりショックを受けたのは、この調査対象になっている年代( 1960 年〜 1970 年生まれ)が、私自身の同世代だったことでした。これは他人事ではなく、まさしく私ごとなのだと、強く実感させられました。
そう、わたしの中にも、この本の主婦たちと同じような気持ちや「気分」が間違いなくあります。その「気分」こそが、「家族の食卓」の土台をどんどん掘り崩す元凶だと指摘され、わたしはグーの音もでません。 著者たちが、 1960 年生まれ以降を対象にしたのは、現実のマーケティングの世界で、 1960 年以降生まれの消費行動が、それ以上の年代とは大きく異なっていることが、実態としてあったからです。それを「食」という分野に絞って検証したのが、このレポートです。
この後著者は、“なぜ 1960 年が断層になっているのか”を追求するため、この世代の親たちをターゲットとした定性調査を行い、更に驚くべき背景探り出していきます。(『現代家族の誕生』−幻想系家族論の死−) ずは善悪の判断を保留し、今のありのままを直視すること、見たくない事実にも目をつぶらないこと、それがこの本が私たちに要請している立ち位置に他なりません。
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