会社創って15年(その1)

ちょっとセンチメンタルに来し方を振り返ってみます(その1)

僕らの会社は、2019年1月9日で創立15周年となりました。
創立メンバーは僕と目黒君の二人。現在も二人で会社の方針を決め、運営しています。

会社の名前「高橋剛商会」は、目黒君の発案でした。

いろいろアイディアを出し合っていた時
“私たちのやろうとしていることは、健康食品会社じゃなくて、
高橋剛の作ったものを世の中に広げることなのだから、
もし高橋剛の許可がもらえたら、彼の名を会社名にしましょうよ。”
ということになり、高橋剛さんにすぐに電話をかけて、許可をもらいました。

今から振り返ってみると、社名を高橋剛商会としたことが、
その後のいくつかの山を越える大きな原動力になり、
今日まで永らえることができた大きな要因だったと思えます。

 

僕が高橋剛さんと出会ったのはマンションデベロッパーで新規事業として、
「生ごみ消滅機」の開発をしていたころでした。
「生ごみ消滅機」とは、家庭で出る生ごみを微生物資材と一緒に機械で撹拌すると、
短時間で消えてしまうというものです。
これは機械装置よりもどのような微生物を使用するかが重要なのですが、
その時微生物の使い手としてすごい人がいる、と紹介されたのが、高橋剛さんでした。

小柄でいかにもお百姓さんという風貌ですが、目に強烈な力があり、
向き合うと射すくめられているような気になります。
そのお話は自分の体験を飾らない言葉で簡潔に表現して、
この人はホンモノだ、と思わせるものがありました。

その時頂戴した微生物に関するアイディアは商品化には至りませんでしたが、
高橋剛さんとのお付き合いは以降も続きました。

高橋剛さんは会うたびに“オレが作った「バランスアルファ」っていう健康飲料があるんだけど、
あんたのところでこれ売ってみないか?”と勧められました。
これは俺らが山形で販売しているから拡がらないが、
あんたらが東京で売れば、間違いなく売れるぞ“と誘惑します。

結局1年後には高橋剛さんの口車に乗せられ、
「バランスアルファ」を広く普及する会社を独立起業し、四苦八苦することになります。

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