映画『天気の子』

話題の『天気の子』(新海誠監督)を観てきました。

新海誠監督の前作『君の名は』は世界中でメガヒットし、
一躍新海誠さんの名前を世の中に知らしめました。
そのため封切り前から今回の『天気の子』にも大きな期待が寄せられていました。

その一方前作では天変地異をタイムトラベルによって“なかったことにする”というアプローチが、
震災被害者の心の傷に配慮が足りない、という非難も多く寄せられたと言います。

新海さんは今回の「天気の子」で再び天変地異(異常な長雨気象)を背景に使ったうえで、
さらに物語の中心を“彼女への愛しか見えない”男の子の暴走へ置くことで、
前作後の非難をさらに挑発する方向に舵を切ったようです。

そしてそれは特に10代後半から20代の若者に大きな「共感」をもって迎えられ、
再び大ヒット街道を驀進しています。

都会では
自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に書いていた
だけども問題は今日の雨 傘がない
行かなくちゃ
君に逢いに行かなくちゃ
君の町に行かなくちゃ 雨にぬれ
つめたい雨が 今日は心に浸みる
君の事以外は考えられなくなる
それはいい事だろう?

随分古い話ですが、1972年に発表されたシンガーソングライター井上陽水の
1stアルバム「断絶」のB面(LP)ラストの曲の歌詞(1番)です。

この曲が書かれた1972年は1960年代末の学生運動が敗退し、衰退し、
少数の過激派が追い詰められて起こした連合赤軍「あさま山荘事件」をもって、
ほぼ終わりを告げた年でした。
いわゆる“政治の季節”が終わり、若者たちは自分の心情の中へ引きこもります。
そんな時代を背景にこの曲は生まれました。

政治的に社会的に「正しい」ことを行うことが、あるべき生き方とされた時代から一転、
社会だの正義だを考え、行動するよりも、自分の心情を大切にし、
それに忠実に行動するほうが「正しい」生き方とされる時代へ移ります。

でも1972年はまだそれを正面切って言うにはためらわれる空気があったのでしょう。
井上陽水がこの歌をメランコリックなメロディーに乗せて歌ったときに、
だから多くの若者は、政治的大気圧の中での息苦しさから自分を解放してくれる、
自分の胸の中の思いを代弁してくれたと喝采したのでした。

新海誠さんは、1973年生まれ。「傘がない」が発表された翌年ですから、
この歌をリアルタイムで聴いていた世代ではありません。

それでも「天気の子」のストーリーラインだけを追えば、
主人公の男の子の行動を支える心情は、井上陽水の「傘がない」にダブって聞こえてきます。

でも今の時代に政治的な正しさ、正義という大気圧はない。
新海さんの物語を観て「共感」する若者たちは、
どのような大気圧を感じて暮らしているのでしょうか。
この映画で何からの解放・自由を感じたのでしょうか。

「天気の子」における雨が降り続ける異常気象、
あるいは前作「君の名は」の流星の衝突、
これらの自然現象は最初からそもそも人間には勝ち目のない絶対的な力です。

抵抗しようがない。ところがこれらの物語の主人公たちは、
特殊な力 (「タイムトラベラー」の力
または「天気を一時的にコントロールする」力)によって物語に巻き込まれます。

つまりこれらの主人公たちは意図しない形で与えられた特殊能力によって、
自然現象を乗り越えて世界を変える「エリート」「ヒーロー」としての役割を期待されたのです。

ところがこの特殊能力の付与はその裏返しとして自らの命を削ることや
それを行使した時間の忘却など、不利益を主人公たちにもたらします。

「君の名は」では二人の主人公のうち、片割れの女の子は、
この能力を住民を助けるために使おうとし、それに成功しますが、
「天気の子」では、主人公の男の子が特殊能力によって
世界を変えようとした女の子の努力をすべて台無しにしてしまいます。

これまで星の数ほど作られてきた特殊能力を与えられてヒーローになる物語とは、
「成長」のメタファーだろうと思います。
今の自分が成長し、力をつけることで、世のため人のためになる存在になりうる。
そのような「ヒーロー」へのあこがれが、
自分が成長し変わることへの動機となった時代がありました。

グルーバル化以降は、世のため人のためではなく、
自分のため自己利益のため、というモチーフがより強調されてきましたね。

そして今、若者たちはこの自己「成長」を良しとする考え方、
それ自体を大気圧として息苦しく感じているのではないか、そんなことを感じました。

自分は変わる必要がない。
成長する必要がない。
今のままの子どもの自分で良い。
「天気の子」のラストはそんな若者たちの願いの表れのような気がしました。

「成長」を忌避する若者。
このテーマはもう一度時間をかけて考えてみたいと思います。

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