その昔昆虫少年だった頃

あなたは「昆虫採集」と聞くとどんなイメージを持ちますか?

“虫を殺してピンでとめるなんて残酷”
“死んだ虫を集めるなんてオタクっぽくて気持ち悪い”
“虫の生態とか、種類とか、分布とかわけわからないこといつまでもしゃべっている知識大好き人間”
等々、どうもあまり良いイメージではないですね。

実は僕は高校時代まで、昆虫採集を趣味とする昆虫大好き少年でした。

その当時は小学校の夏休みの自由研究で誰もが「標本」を作り、
昆虫標本づくりのセットが町の文房具屋さんや本屋さんでも売っている時代でした。
どちらかというと知的な科学少年というプラスイメージがあったかもしれません。

僕の場合父親が昆虫マニア(本業は歴史家なのですが)で、
物心ついたときから暖かくなると昆虫採集に連れて行ってくれたので、
気付いたらもう昆虫少年になっていた、という経緯です。

 

初めて夢中になった本は子供向けの「ファーブル昆虫記」。
フンコロガシやカミキリムシやオトシブミといった虫たちの不思議な生活に
心を奪われていました。

社長の平城

(ファーブル昆虫記全6巻)

僕の小中学校時代は、住んでいた埼玉県新座市には広い雑木林や草原が散在し、
カブトムシやクワガタムシは採り放題でしたし、
晩夏になるとバッタやカマキリやコオロギやキリギリスやクツワムシが現れました。

小学校高学年になるといっぱし継ぎ足し型の長い捕虫網を持って、
コナラやハンノキなどの広葉樹に産卵する小さなシジミチョウを追いかけました。

中学校にあがってからは、親抜きで同じ趣味を持つ同級生たちと、
奥多摩や奥武蔵という2時間ほどかかる山間部へ遠征し、珍しい虫たちを競い合って採りました。

昆虫マニアのための「月刊むし」という雑誌を立ち読みして、珍しい虫の産地を覚えて帰り、
そこへ出かける計画を夢想することが、何よりの楽しみだった時期もあります。
昆虫図鑑は親に買ってもらったものを、ページの糊付けがとれてバラバラになるほど繰り返しめくりました。
小遣いをためて「採集地案内」や昆虫研究者のエッセーを買ったりしもしました。

そうして出会った作家の一人が小説家の北杜夫で、
一時期僕にとって北のエッセーはバイブルとなりました。

高校に入ると運動系の部活(バレーボール)が忙しく、
もう捕虫網を持って山を歩くことはほとんどなくなりましたが、
それでも虫への関心は消えたわけではありません。
大学を選ぶときに、(親には言わなかったけど)珍しい昆虫の生息地に近い、
ということが判断要素の一つであったことは間違いありません。

ただ社会に出て、うかつに“趣味は昆虫採集です”と言わないほうがよいと思ったのは、
ある場所で自己紹介をさせられてうっかり“昔昆虫少年でした”と言ったら、
後で上司から“例え本当でも、昆虫採集が趣味なんて言ったら、お客様から気味悪いやつだと思われるぞ”
と注意されることがあったからです。

なるほど今の世間では昆虫採集は要注意なんだと。

 

30代後半から山登りを始めました。
その理由はいずれ書きますが、とにかく新しいことを始めて自分を立て直そうと思った時、
すぐに浮かんだのが山で珍しい昆虫に出会っている自分でした。

もちろんもうそれを自分のものにしたいとか、写真を撮りたいとか、
そういう収集の欲求は全くありません。
ただ昔の仲間に会うように、虫たちが一途に生きているのを見たい、と思ったのです。

そして今日まで繰り返しかけがえのない「出会い」がありました。
もしかすると、昆虫少年だったころよりもいっぱいの虫を見ているかもね。

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